本稿は、2017年3月に「Work Switch」というWebメディアから「30代に向けた、仕事についての原稿をお願いしたい」というご依頼を受けて書いた原稿です。
上記Webメディアが2020年12月に公開終了となったため、いくつか加筆してこちらに再投稿しました。
あれから4年(2021年4月現在)、いろいろあって自分の仕事の環境も社会の風潮も変わって、いまはここに書いた「30代に向けて思うところ」も仕事に対するスタンスも、自分のなかで変わっています。変わっていつつも、根っこのところは同じだなあとも思います。
そう考えるとすこし恥ずかしいのですが、まあ「恥ずかしがるのはまだ【真っ只中】にいるからだよ」(『かしましめし』4巻/おかざき真里著/蓮井先生のセリフ)と思って、わたし自身、この恥ずかしさを抱えて走ってゆきます。そんなわけで、ひとつ広い心で読んでいただければと。
文/たられば(@tarareba722) 写真/AdobeStock(@chikala、@hakase420、@blanche、@hikdaigaku86、@polkadot、@chendongshan)
■仕事とマンガと失敗と人生の話
ある日、職場で新刊の企画書をチェックしていると、流しっぱなしにしているラジオから、「仕事にも役立つ名言!(マンガ編)」というコーナーが流れてきました。
結果は、
6位 「仲間を信じて一人になれ」(『ちはやふる』末次由紀著)
5位 「一生懸命な時はみんなダサいよ」(『午前3時の無法地帯』(ねむようこ著)
4位 「目標がすでに実現しているかのように行動することで目標を真に達成できるのだ」(『ドラゴン桜』三田紀房著)
3位 「いやな仕事で偉くなるより好きな仕事で犬のように働きたいさ」(『課長 島耕作』弘兼憲史著)
2位 「“努力する”か“諦める”か、どっちかしかないよ。人間に選べる道なんて、いつだってたいていこの2つしかないんだよ」(『ハチミツとクローバー』羽海野チカ著)
1位 「本気の失敗には価値がある」(『宇宙兄弟』小山宙哉著)
とのこと。
「本気の失敗」かあ…。
4位の『ドラゴン桜』と1位の『宇宙兄弟』は、コルクの佐渡島庸平さんが担当した作品なんですよね。
こういうランキングを作った時に、担当した作品が上位に2つも入るってどんな能力なんだろう。そして自分が働いている出版業界には「そういう人」がいて、商業誌を作るということは「そういう人」がぼこぼこいるリングで生き残っていかなきゃいけないってことなんだよなぁ……などと考えていました。
まあ書店に行けば、佐渡島さんの担当作品だけでなく村上春樹とかドストエフスキーとか手塚治虫とか尾田栄一郎の作品が並んでいるわけで、その中でも自分の作った本を手に取ってもらえるような仕事をしなけりゃいけないわけです。
いやーひどい話だなー。レッドオーシャンにもほどがある。マイク・タイソンとボブ・サップと朝青龍がいるリングに上げられて、「なんとか生き残ってください」と宣告されたようなものですよ。
よく「この先、メディア競争は厳しくなる」と言われますが、それって具体的にどういうことかといえば、これまでは業界で1600位とか3200位とかでもそれなりに豊かに生きていけたのが、マーケットが狭くなって1位とか2位とかがすぐ隣に居ることになるってことなんですね。
手元の新刊企画書を眺め直しながら、でも、それでも仕事しよう。と思うのでした。読者のためとか、会社のためとか、家族のためとか、世の中のためとか、そういう前提を全部踏まえたうえで、そのうえで自分のために働こうと。
閑話休題。いただいたお題は「30代へのエール」でした。
こんにちは。たらればです。某出版社で書籍の編集者をやっております。ツイッターで仕事についてあれこれ書いていたら、原稿をご依頼いただきました。とりたてて筆力に自信があるわけではありませんが、「背伸び」が好きなので思いきってお受けした次第です。
そうそう仕事。30代の仕事ですよね。
説教も訓示も苦手なので、自分と身の回りの話をしたいと思います。
■「仕事」に向き合う、ということ
前述の佐渡島さんの担当した作品には、(上記『ドラゴン桜』、『宇宙兄弟』に、『働きマン』(安野モヨコ著)を加えて)おおむね共通のテーマがあると思っています。個々の物語や設定、キャラクターの魅力に加えて、「勉強や仕事に全力で向き合うのって、楽しいしやりがいがあるよ」という、ある種の普遍的なメッセージがあると思うのですね。
世の中には、「勉強や仕事に全力で向き合って必死になるってダサい」とか、「勉強や仕事はあくまで人生を楽しむ手段のひとつであって、楽しみも生き甲斐も“それ”以外で探したほうが充実した人生を送れる」という考え方が、けっこう深く広く浸透しています。
私も一時期、そう信じていました。
だからそういう考えを否定するつもりはないし、うんうん、人生の楽しみ方は人それぞれ。そういうユルさ、私も好きです。
ただ今の私は「仕事にきちんと向き合いたい人」なんですね。前述の『宇宙兄弟』も『ドラゴン桜』も『働きマン』も、そういう人に刺さった作品なのだと思うのです。
だって周りを見渡してみましょうよ。目に入るたいていのものは「誰かの仕事で出来たもの」です。自分の人生だけ見たって1日の大部分を占める仕事とちゃんと向き合うってことは、「自分と向き合うこと」なわけでしょう。
だからこそしんどいのもわかるし、だからこそ辛いのもわかります。全力を出すには、まず自分の全力が周囲にも自分にも分かっちゃうというリスクがありますからね。
そして、だからこそ踏ん張りたい。
踏ん張るために足場を作る時期が、まさに30代なんだと思います。
■誰も教えない「やれって言われたことだけやる」リスク
「やること」がひたすら上から降ってきた20代に比べて、30代って「自分がやっていること」と「自分に出来ること」と「自分が出来るようになりたいこと」がハッキリ見えてくる時期なんですよね。
そこから目をそらさずに働いてないと、周囲とものすごく差ができちゃう残酷な時期だとも思うのです。
これ、不安を煽っているわけじゃなくて、本当に「やれって言われたことだけやっていること」のリスクって、誰も教えてくれないんですよ。教えてくれないのに、どんどん差がつく。ひどい。
じゃあ「やれと言われたこと」以外で何をやればいいかといえば、そこは怒られるリスクをとって、自分でやるべきだと思う「余計な仕事」をやるしかない。
「余計な仕事」って、地図もルールもわからないのに正解を出さなきゃいけないってことです。いや本当にひどい話だなあ。しんどかったら休憩してくださいね。休み休みいこう。
「センスがいい」とか「よく気がつく」ってのはつまり「敏感でい続ける」ってことだし、「メンタルが強い」ってのはつまり「鈍感でいる」ってことです。疲れるけどこの正反対の感覚を上手い具合に使い分けましょう。ホント疲れるけどね。
で、だ。
失敗やミス、叱られたり怒られたりすることを恐れる想像力ってとても大切なんですけども、それが行き過ぎると目標が立てられなくなっちゃうんですね。目標が立てられないとどうなるかというと、今の自分と未来の自分との距離感が掴めなくなる。
それはいくらなんでもマズいだろうと。
だからこそ「自分がやっていること」と「自分に出来ること」と「自分が出来るようになりたいこと」からは目をそらさないようにしたいわけです。
■具体的にどんなことをやればいいか
ひとつめは、目の前の仕事をより丁寧にやってみる、です。
うーん、当たり前だなー。いや案外これがね、意識してやってみると新鮮だったりするんです。まあ聞いてくれ。
いつだったか旅番組を見ていたら、芸人のふかわりょうさんが、一緒にレポートしているアイドルにすごく興味深いことを語っていました。
「自分が休業している時にテレビをつけるとね、どんどん代わりが出てくるんです。もう次々に、どんな仕事でも自分の代わりが出る。最初はそれを見ていて“ああ……これ、俺じゃなくても、誰でもよかったんだな”って落ち込んだんだけど、しばらくすると別の考え方をするようになったの。
そうか、あの仕事は誰がやってもよかったけど、その中であえて俺に振ってくれたのか、と思うようになったんです。それからは、誰でも出来る仕事、誰がやっても同じような仕事こそ大切にしなきゃって思うようになりました」
番組内では相手のアイドルに話を全然聞いてもらえなくって、せっかく熱く語ったのに空振ったみたいな感じになっていたのですが、画面のこっち側の私にはズドッと突き刺さった言葉でした。
ふたつめは「企画書」です。WordでもPower Pointでもいいので、書店で「カッコいい企画書の作り方」みたいな教則本を買ってきて、作れるようになっておきましょう。企画書って、自分の頭の中にあった考えを「文字」に落とすだけじゃなくて、味方を作るために必要なものなんですね。
アフリカのことわざに、「早く着きたければひとりで行け。遠くに行きたければみんなで行け」というものがあるそうです(「アフリカのことわざ」ってなんなんでしょうね。範囲広すぎだろっていう)。
仕事の種類によって「早く着くこと」が大事なこともあれば、「遠くに行くこと」が目的なこともあるでしょう。こうした使い分けって大事なんですが、じゃあ遠くに行くぞってなった時、一緒に旅に付き合ってくれる仲間を得るのに企画書が必要になってくる。
綺麗な企画書は優秀な「共犯者」になってくれます。これを身につけない手はないですよ。
あとね、企画書が作れるようになると、「降ってくる仕事」をこなすだけでなくて、「自分で仕事を降らせること」が出来るようになります。
これは実感ベースの抽象的な話ですが、「企画書」は、人と人との間に挟む書類です。だから「矛」にも「盾」にもなる。仕事ってほとんどが、基本的には人と人とが対面する必要があるんですが、そこに企画書が介在すれば、相手と真正面から向き合うのではなく(向き合っているといずれぶつかることもあるので危ない)、同じ方向に進むことができるようになるんですよね。
■自分の30代は「失敗」だった
長くなりましたが、もう少しだけ。
実のところ私、20代の頃は毎日「30歳になったら会社を辞めよう」と思っていました。同業他社に転職するかフリーになるかは決めていませんでしたが、目の前の辛さや苦しさから逃げ出すために、「一度リセットすることも大事だよな」、「少なくとも外に出ても大丈夫なくらいの実力を付けておくことは重要だよな」という言い訳にすがって、毎日「30歳になったら辞める」と思っていました。
「ここではないどこか」へ行きたかった。どこかへ行くために走り続けることだけが、人生の意味なんだとさえ思っていた。
そうして30歳になった年に、「32歳になったら辞めよう」と考え直しました。
すみません意志薄弱で。
ご想像のとおり、32歳になったら「35歳になったら辞める」、35歳になった時には「37歳で辞める」と考え直して、今も会社辞めてません。結果として20〜30代の多くの時期、「会社を辞める」という目標に失敗し続けて、今に至っています。
「本気の失敗には価値がある」と、『宇宙兄弟』の主人公・南波六太は言いました。「失敗しないようなシステム作り」よりも、「失敗してもその経験を活かせるシステム作り」のほうが優れているケースが多々あります。
「人生」もそうなんじゃないかと思うわけです。もちろん、私の「失敗」に価値があるかどうかは、今の時点ではわかりません。ただ「いつ会社を辞めても生きていけるような技術と人間関係をもっておこう」と考えて過ごしてきた時期には価値があったんだなと、そう思えるような「これから」にしたいなと思っています。
これを読んでいる、特に30代の皆さまの仕事と人生に幸多かれと、お祈り申し上げて本稿を閉じたいと思います。では。
お気に入りに追加して
更新情報を受け取ろう!
もっと作品を描いてもらえるよう作者を応援しよう!