だいたい停滞してます、@SHARP_JP です。気分を変えるためにすること、みなさんいろいろお持ちだと思う。買い物だとか、模様替えだとか、旅行だとか、大なり小なりあると思う。なにか意に沿わない物事が続いたり、変わり映えのしない毎日に膿んできた時、私たちはそれの直接の原因とは別のところで、目に見える変化を引き起こそうと腰をあげる。
あいにくと言っていいかわからないが、私は生活にさほど起伏を求めない人間なので、気分を変える行動をとることがない。嫌なことが続くと暴飲暴食したくなるくらいで、それですら億劫さが先立ち、結局実行することはほとんどない。私の中で気分というのは一本調子のものではなく、いいことも悪いこともそうでもないことも、ぼんやりとないまぜになってあるものだから、それは「変える」より「保留し続ける」といった方がしっくりくる。
だから落ち着いた私の生活がよいと主張したいわけではなく、なにか行動に移すことで気分を切り替える人のことをうらやましいとすら思っている。私の日常は平板だし、なによりそのような日常を過ごす私は陰気に見えるだろう。気分を変えようと行動する人は前向きに映るし、なにより起伏に富んだ日常を送る人は経験値が豊富だ。
私なんて、気分を変えるために髪型すら変えたことがない。もちろん髪は切るけど、心境の変化を察知して周囲から髪切った?と問われることもない。私が髪を切る背景には、変わり映えのしない、いいも悪いも入り混じった気分しかないのだから。
髪の毛 日常マンガ(楠 あやと 著)
気分を変える行動として、髪型をがらりと変えるのはよく聞くもののひとつだろう。気分を変えない私は、必然的に髪型も変わらない。現に私のアルバムは、変わり映えのしない髪型が並ぶ。髪型は変わらず、その下の顔が老けていくだけの、加齢アプリのような様相を呈している。
さすがにそれを見ると、髪型くらいころころ変えてもよかったなと思えてくる。変えようと思わなかったからそうなっただけなのだが、昔の自分の写真を見ると、長さも色もさまざまに変えて、その時々の失敗を笑いたい。もちろんいまから果敢に失敗してもいいのだけれど。だからこのマンガのように、私も髪の色を変えてみたい願望もあるにはある。
それにしても最近は、すっかり緑とか赤とか、色鮮やかな髪色をした人が増えてないか。昔は茶色と金色のバリエーションか、せいぜいシルバーか、あるいは黒のニュアンスの表現しか選択肢がなかったように思うけど、いまは絵の具のようにさまざまな髪色の人が街を歩いている。ここ10年のあいだに、髪の色を抜いたり、染めたりする技術に大きな革新があったのだろうか。もしそうなら、私も一度くらい、明るい色と暗い色がないまぜになった、まるで自分の気分のような髪色にしてみたい。
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