「なんでよそから出したんだ」と
たられば:みなさん、そろそろご着席をお願いします。えーそれではここから20分ほど、「中の人」から作家に転身した浅生鴨さんに、著作についてお話を伺います。これ、わりと2018年に読んだなかで一番感動した小説ですね。『伴走者』(講談社刊)、名作です。本日はせっかく作者がきているので、「公式アカウントから作家へ」ってどうやって転身するのかなど、あれこれと聞いてみたいと思っております。
『伴走者』浅生鴨(講談社)
会場:(拍手)
たられば:小説は、NHK在社時、「中の人」の時代から書かれていたんですか?
浅生鴨:えーと、そうですね。2013年頃からかな。まだNHKにいるときに『中の人なんていない』(新潮社刊)をまず出して、あれは小説ではないんですけど、半分小説としても読めるように書いてあって。
たられば:おおー確かにあれは小説としても読めますね。
浅生鴨:ツイッターをやってない人でも、物語として、ある程度楽しめるような構造として作りました。それを読まれて、講談社の方が「小説を書きませんか」って声をかけてくださって。
たられば:いきなり編集者から連絡が。
浅生鴨:最初はエッセイかな、「書きませんか」って言われて、どう断ろうかといろいろ考えたんですけど、結局断れなかったというか、小説を書くことになりまして、まぁしょうがなしに書いて。それがデビュー小説ということで世に出て、そのあとにそれを読んだ新潮の方が「なんでうちから本(『中の人などいない』)を出したのに、ほかから小説出したんだ」ってなって。じゃあ、新潮社でも書きますか、ってなって、今に至る感じです。
たられば:まさに受注体質ですね。気づけばここにいた、と。それで、このタイトルにもなっている『伴走者』というモチーフ、(障碍者スポーツの伴走者という)かなり特殊なテーマだと思うんですけど、このテーマを選ぶきっかけというのは、なにかあったんでしょうか。
浅生鴨:僕、NHKでずっとパラリンピックのCMを作っていまして、これはもう十何年ずっとやってるんですけど、その時にソチのパラリンピックのCMを作ってる時に、スキーの伴走者をテーマに一本CMを作ったんです。そこで「伴走者って面白いなー」って思ってたんですね。それで、講談社の方から「なんかそろそろ長編を書け」って言われた時に、企画を3本くらい、『伴走者』とあと2つくらいあったんですけど、「どれがいいですか」って言ったら「じゃあ伴走者で」って言われたんです。
たられば:なんというか、「ゆるい」というか…。
浅生鴨:まぁ別に3本の中ではどれでもよかったんですけど、CMを作っているときは「面白い存在がいるな」ってのは頭にありました。
たられば:執筆期間や取材期間というのはどれくらいかかったんでしょうか。取材人数や期間など教えていただけるとありがたいです。
浅生鴨:えーと、まずは「夏編」を書き始めて、それは2年くらい取材して、まぁちょっと書き始めてたんですけど、なかなか書き進められなくて、ずーっといろんな、現役の伴走者だったり、マラソンランナーだったり、知覚障害者だったり、海外のレースとかも見に行ったりしていました。
たられば:2年は長いですね。
浅生鴨:取材してると「いまはまだ取材中で」って言って、書かずに済むじゃないですか。
たられば:た、確かに。
浅生鴨:それでずっと取材してたんですけど、リオのパラリンピック(2016年9月)が迫ってきちゃって、「そろそろリオだから」っていうことで慌てて詰め込むようにして、書きまして。で、それが『群像』っていう雑誌に、ちょうどリオ・パラリンピックが始まるタイミングで売られる号に載りました。
たられば:載ってよかったです。
浅生鴨:それが終わって、普通に「続きにもう一本、なんか書いてくださいね」ってなった時に、「そういやなんか、冬の伴走者も面白いよね」ってなって、それもやっぱりダラダラ書かずに放置していて、やっぱり2年くらい取材をしまして。
たられば:ひとりの編集者として、なんだか恐ろしい話を聞いている気がしてきました。
浅生鴨:もうちょっとで取材終わりますからって言い続けてたらずっと書かずに済むなと思ってたら、やっぱり平昌パラリンピック(2018年3月)が近づいてきて、「もう平昌だからいい加減に書け」って言われて、それで慌てて書いて平昌の直前に出すという……。
たられば:「こういう理由があるんだから、書け」と言われたらちゃんと書くあたり、鴨さんのすごいところだと思います。
浅生鴨:ええと、だからまぁトータル4年ですね。「夏編」を2年取材して書いて、「冬編」を2年取材して書いてっていう。
たられば:トータルで何名の方から話を聞いたんでしょうか?
浅生鴨:会った人は…たぶん100名は超えてると思います。だからドキュメンタリー番組を作るのと変わらないですよね。
たられば:すごい人数ですね……。続いては、キャラクター造形についてお聞かせください。『伴走者』には、非常に性格の異なる四人の主要キャラクターが出てきます。それぞれ立場も違えば、背負ってきたものも違うし、非常に対照的でもある極端なキャラでもあるんですけれども、これはそれぞれ鴨さんの一面なんでしょうか。それとも取材で引っ張ってきたキャラクターなんですか。
浅生鴨:取材で会った人たちの中から、面白い要素を混ぜて作ったキャラです。
たられば:それは何か、履歴書みたいものを作るんですか?
浅生鴨:途中で混乱したんで作りましたけど、基本的にはやつら(キャラクター)任せというか、力任せというか。
たられば:キャラクターがはっきりすれば物語が動いていく感じですか。
浅生鴨:ですね、もう特に何もしないです。
たられば:『伴走者』は視覚障害者の話ですよね。そういうキャラクターの「世界の感じ方」を描くというのはなかなか難しい部分があると思うんですが、すごくハッとしたシーンがありました。中心人物の一人が視覚障害者なんですけども、その彼が「影の濃さがわかる」と言うエピソードがあるんですね。肌にあたる太陽光の具合で、地面に落ちている影の濃さが今どれくらいか、わかると。これとても驚いたんですけど、実際にそういう話を誰かから聞いたんですか?
浅生鴨:いや、あれは僕の想像です。
たられば:そ、想像。
浅生鴨:すいません。でも、たぶん普通に、目をつむってしばらく生活していれば、その時の影の濃さって体温でわかるものですよね。夏の日差しで「あ、今は影の濃いところにいるな」って、そういうことに敏感になる感覚があるでしょう。
たられば:なるほど……。もうひとつ、これも「内田」の話だったと思うんですけど、「見えていないけど、音の来ない方向がわかる」と。「だからそっちは壁がある」ということがわかるようになってくる…という話もありました。
浅生鴨:あ、それは取材をした人から教えてもらいました。
たられば:ははぁ…なんというか、本当に、「取材したこと」と「自分で獲得したこと」のミックスがキャラクターと物語になっているわけですね。
浅生鴨:そうですね。だからこれを読まれた方から「パラリンピックについてよくわかりました」とか言われたりするんですけども、あぁぁぁいやこれはフィクションですから…という、その、なんだろう、『ブラック・ジャック』を読んで「医者のことがよくわかりました」って言っているのと変わらないんですよね。
たられば:な、なるほど。
浅生鴨:もちろん事実をベースにしてる部分もありますけど、でもやっぱりフィクションなので、あんまりその…「わかった」とか言われちゃうと困っちゃうんです。むしろ「面白いな」っていうのをきっかけにパラリンピックを見てくれるぶんには大歓迎なんですが、「こういうことだったんですね!」って言われちゃうと、悪いことした気がして困るなぁ…という気がしてしまいます。
ツイッターは小説を書く役に立つのか
たられば:SHARPさんも浅生さんに聞きたいことがあるという話ですが。
SHARP:あ、はい。もちろん、僕もこれ読んで「すげぇ」って思ったんですけど、小説って物事が直線的に進まないでしょう。だからたとえばいい感じのツイートを積み上げていったらそれが小説になる…っていうのは……やっぱり違いますよね? という話を聞きたいなと思って。
浅生鴨:そういう書き方する人もいますよね。
SHARP:そうなんですか。
浅生鴨:スマホに短文をこう…(すっすっすっと)書いて、それを重ねていって、で、最後にちょっと入れ替えとかはするけど、っていうタイプの人もいます。
たられば:燃え殻さん(『ボクたちはみんな大人になれなかった』新潮社刊)はそうやって書いたって言ってましたね。
浅生鴨:「スマホで書いた」とは言っていましたが、140文字かどうかは知りません。
SHARP:だからたぶん、ツイッターの経験が役に立っているわけではないんだろうなとは思うんですけど、でも僕がこれを読んだときに、ひとつだけ「ツイッターっぽいなぁ」と思ったところがあるんです。
たられば:ツイッターっぽい。
SHARP:「夏編」のところで、書き出しが、これ、『走れメロス』を意識していますよね。で、ゴールした直後に赤いタオルをかけられるっていうのも『メロス』の終わり方で、真ん中らへんではほんまに『走れメロス』って言っちゃうところがあって。こういうサンプリングの仕方とかネタバレの手法が、すごくツイッターっぽい構造だなって思ったんです。
浅生鴨:ツイッターは意識してないんですけど、まぁでもわざとネタバレを途中で挟み込むっていうのは、もしかしたら、そういう文脈があんのかなぁ…。
たられば:すごい単純な話なんですけど、「夏編」と「冬編」、どっちが苦労されましたか?
浅生鴨:冬のほうが取材が大変でした。まずスキーですから。夏は(マラソンがテーマなので)走ってるいのを見ていればいいんですけど、冬って下で待っていると全然来ないんですよ。だから登って行くしかなくて、で、行くとこの人たち、とんでもない斜面を滑るんですよ。「こんなとこ行くんですか」っていうところへ行かなきゃいけなかったんです。それに比べると「書く」っていう作業自体は、夏も冬もそんなに変わらないですよね。どっちも尻に火がついて、もう泣きながら書きましたけれども。
たられば:泣きながら書かれたところで大変恐縮な質問なんですが……次回作の構想っていうのはどうでしょう。
浅生鴨:もうなにもないです。
たられば:たとえば人と話してたり街を歩いてる途中に、「あ、これは本にできそうだな」っていうのを見つけたりしたら、メモとかとるんですか?
浅生鴨:取らないです。まず「本にできそうだな」とか思わないんで。
たられば:お、思わないんですか。
浅生鴨:一応いまも依頼はいくつかいただいていて、もちろん書く準備は始めています。実際書き始めているものもいくつかあるんですが、でもメモは取らないですね。『伴走者』を書く時は、ちょこちょこメモとったんですけど、結局そのメモはいっさい見ませんでした。メモってその場で書くことそのものに意味があって、あとから見返しても「その空気」とかは残ってないんですよね。
たられば:「空気が残っていない」ですか。
浅生鴨:むしろその場の空気とか、その人の目の感じとか、人に取材するときは、「本当はこの人はこういってるけど体の中で怒ってたんだろうな」とか、そういう印象を覚えるようにしています。細かい言葉とか言い回しは、そのまま書いてもつまらないじゃないですか。誰かが言ったことそのまま書くんだったら、別に僕が書く必要ないので。
SHARP:まあ、小説ですもんね。
たられば:えーとこの会場にも将来作家を目指している人がいると信じて聞くんですけど、職業作家を目指す人にぜひアドバイスをお願いします。
浅生鴨:絶対やめたほうがいいと思う。こんな大変なことはないので。やるなら兼業作家のほうがいいと思います。本業なりなんなり……まぁ何が本業かわかんないですけど、別のことをやりながらものを書く、いまはそれをやりやすい時代になっています。発表の仕方もいろいろあるし、絶対そのほうがいいともうんですよね。あとまぁやりたければやればっていうくらいの。
たられば:それは姿勢的なものですよね。そのうえで、技術的なアドバイスは何かありませんか?
浅生鴨:僕は技術がないから、あんまり偉そうなことは言えないんですけども、「最後まで書く」っていうのはすごい大事だと思います。
たられば:あー…、わかります。
浅生鴨:誰でも面白いお話の「始め」は思いつくんですけど、終われない人が多いかなって思います。フローチャートまで作って送ってくる人を時々見てるんですけど、だいたい途中で終わってて、「続く」みたいなのが多いんですよね。だからこそ、「最後まで書く」ってのは大事かなと。
たられば:それはすごく大事ですごく実践的なアドバイスだと思います。
浅生鴨:あとはなんだろうな。「一回書いて直す」っていう作業ですよね。推敲をしたほうがいい。まず書いて、書いてから直す。完璧なものなんて書けっこないし、そこを目指してたらずっと終わらないんで。
たられば:じゃあ鴨さんが今書いてる小説も、ご担当者様に渡すのはまだしばらくかかると。
浅生鴨:本当はとっとと書き上げて渡して直すって作業に入りたいんですけど……原稿を直すの大好きなんですよ。原型を留めないくらい直すので、本当に編集者泣かせというか、ここ全部削って入れ替えるんですかみたいなの、平気でやるんです。
たられば:まあ著者が「直す」と言ったらいくらでも直させるのが編集者の仕事なんですけどね。
浅生鴨:いやまあ、それはすごい申し訳ないなと思いながら、でも本当に直したい、直し続けたい。でもそのためには元を書かなきゃいけないんですよね。元がないと直せないんです。そこが辛いですよね。
たられば:次回作、まだ当分かかりそうです。『伴走者』著者インタビューでした。ありがとうございました。続いては会場から「中の人」への質疑応答を受け付けます。
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