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コミチさんの作品:計算された「引き算」によるシンプルな表現こそウェブトゥーンの鍵:イ・ヒョンソク氏(後編)

ウェブトゥーン制作に携わるクリエイターに向けてウェブトゥーンスタジオに制作のキモを訊く新連載。初回は『俺だけレベルアップな件』『盗掘王』『4000年ぶりに帰還した大魔導士』『全知的な読者の視点から』といったヒット作で知られるレッドセブン代表のイ・ヒョンソク氏が個人の新人作家に向けるウェブトゥーン制作の基本。後編ではネームを描く際の注意点や個人作家の投稿先や作品発表ペースについて訊いた。

前編: 日本のウェブトゥーンには、読者に身近なジャンルを描ける個人作家が今こそ必要だ

中編: 日本のラノベやゲーム原作のウェブトゥーンの「これじゃない感」はどうして生まれるのか?

■ウェブトゥーンで最重要な「ネーム」の基本

 

――企画が定まり、キャラとストーリーが固まってきたらいよいよ縦スクロールのネームに落とし込んでいくことになります。

 

イ・ヒョンソク   レッドセブンは様々なスタイルで色々な会社と協業してウェブトゥーンの制作をしていますが、弊社の強みはネームです。どんな組み方、分業をしても、ネームだけは弊社で見ます。ウェブトゥーンの最重要ポイントがネームです。弊社はネームの部分に才能ある方を投入して任せています。

 

――そして『氷の城壁』は、このネームの部分が優れているわけですよね。

 

イ・ヒョンソク  そうです。ここで『氷の城壁』が守っているウェブトゥーンづくりの鉄則に話を戻しましょう。

 

 ネームにおいてはまず「ひとつの場面にはひとつの被写体を考える」ということです。『氷の城壁』はひとつの場面で描くのは重要な人物の表情ひとつに絞り、そこに目線が行くようにできています。

 

 カメラが人物に寄るときは寄り、引くときは引いて客観コマを置いて読者に「この人たちはどういう場所に、どんな配置でいるのか」を見せている。読んでいて混乱することがありません。日本産のウェブトゥーンでは「タテスクロール」ということに意識を取られてしまうのか、ヨコマンガなら当たり前の技術である「キャラクターの位置関係を読者に示す」ことがおろそかなものも見られます。でも「誰がどこにいて何をしているのか」がわかりづらいと、読み手はストレスを感じます。その点、『氷の城壁』はカメラワークを基本に忠実にやりながら「ひとつの場面にはひとつの被写体」をやっています。

場面転換から、引き(客観コマ)→表情へのフォーカス一連の例:『氷の城壁』第11話より
Ⓒ阿賀沢紅茶/集英社
https://manga.line.me/product/periodic?id=S120538

 

 そして「人物、主人公の顔がうまく描けている」。LINEマンガで各話のサムネイルを見てほしいんですが、ほとんどが人物の表情です。その顔に感情が宿っていて、見た人が「どんな場面でこの顔をするんだろう」とクリックしたくなるものになっています。

 

――マンガ業界だと「イラスト的な絵の巧拙とマンガとしてのうまさは全然違う」とよく言いますが、「感情が伝わる表情を描く」というのはマンガ的なうまさですよね。ウェブトゥーンの中でも、たとえば『女神降臨』のヤ・オンイさんなどが追求しているのはイラスト的な一枚絵の美しさだと思いますが、『氷の城壁』はそれとは方向性が違う。

 

イ・ヒョンソク  韓国ウェブトゥーンはカラーを前提に人物の線を描きます。「色が入ったときの美しさ」を見据えて制作されています。とくに女性向けのロマンスファンタジーは美術のきれいさを楽しむものでもあるので「塗り」、中でもライティングが売上を左右するくらいに重要です。

 

 一方で日本のマンガは、造形的な立体感にしても人物の表情にしても、白地に引いた黒の線ひとつで表現する職人技です。つまり、ウェブトゥーンとは絵の良し悪しの判断軸が違うんですね。でも日本の個人ウェブトゥーン作家が、韓国ウェブトゥーンのような美麗な塗りを前提にした線を志向する必要は必ずしもありません。

 

『氷の城壁』が優れているのは「作家個人がひとりでできる範囲のカラー(着彩)や背景描写に留めている」こともあります。

 言いかえると、余計な情報が入らず、うまく省略されていることです。これは今言った「ひとつの場面にはひとつの被写体(情報)」ということともつながります。

 

 日本のスタジオ制作の作品の中には、塗りやエフェクトに意識が向きすぎてしまい、過剰な仕上げになっているものも見受けられます。背景などに余分な情報が含まれていて、読者の視線を分散させてしまっています。

 

 画面に入れる情報は大事なものだけに絞らないと、読んでいて疲れます。『氷の城壁』は、個人作家が連載ペースを保つことが可能なできる範囲で塗っているから、余計な情報がなく、読みやすい。

 

■引き算、「間」を活かした日本らしいウェブトゥーンを

 

――イさんは以前にも、ウェブトゥーンでも「引き算」が重要、「間」が大事なんだと言っていましたよね。

 

イ・ヒョンソク  それこそが僕が日本のマンガから学んだ技術です。たとえば日本画にしても、西洋人には考えられないような線や着彩の省略、何もない空間を活かした構成になっていますよね。音楽だって西洋音楽は常に何かしら音が鳴っているけれども、東洋の音楽は間があり、無音の時間がある。日本のマンガはアメコミやバンドデシネと違って間のコマがあり、テキストもギュウ詰めでないことが読みやすさにつながっている。

 

 でもなぜか日本のウェブトゥーンは背景、色、効果、文字量がギュウギュウになっている。これでは読者は消化不良を起こします。『氷の城壁』はそうならないように適切に間を空けている。そうしたほうが没入できるんです。

 

――イさんが今日話された「読者がどういう人か考えてその人に向けて描く」「設定や情報量はシンプルに」「主人公の動機を明確に」「キャラクターの位置関係がわかるように『引き』と『寄り』を組み合わせる」「『顔』の感情表現が重要」「セリフや背景、描き込みを全部盛り盛りにせずメリハリを付ける」「『間』のコマを入れて読みやすくする」は、マンガ雑誌の編集者が新人に言うこととかなり重なります。マンガだとデビューして連載を取るためには限られた読み切りのページ数で短くまとめ、描きたいことを絞ってわかりやすく伝える訓練を積まなければいけません。しかし日本のウェブトゥーンにはそういう場がない。スタジオ制作で最初から連載前提で作る人たちにはなおさらそういう基礎的な省略の技術が培われていない、ということでしょうね。

 

イ・ヒョンソク  僕が「日本のクリエイターは韓国の今流行っているウェブトゥーンをマネして作るべきではない」というのは、日本人が作るウェブトゥーンを読むと、日本のマンガが持っていた技術や良さが失われていると感じることが多いからでもあります。もちろん、僕がいつも言っているように、白黒のヨコマンガとウェブトゥーンとでは、野球とサッカーくらい違います。ですから参入する人たちは、その球技のルールに合わせる必要がある。たとえば日本の作家さんは「右から左に視線が流れる」ヨコマンガでの創作に慣れていますから、その手癖をとにかく破壊しないといけない。

 

 しかし、ウェブトゥーンがサッカーだとしても、日本人らしさを活かしたサッカーの戦い方があるはずでしょう。たとえばマーヴェル映画が流行っているからといって日本の映画界が「うちもマーヴェルみたいなものをやれば勝てる」などと言って単純にマネして作ったところで、それがうまくいくと思いますか? たとえアメコミヒーローものをマネするとしても、完全に消化して『僕のヒーローアカデミア』のようにアレンジするのが日本人の得意技のはずです。他の国の人が作れない作品、日本人らしさ、日本の良さを活かしたウェブトゥーンを作ってほしいんです。

 

■新人作家はどこで腕試しすればいいのか

 

――ウェブトゥーンにチャレンジしてみようと思う作家は、どこから始めればいいでしょうか。

 

イ・ヒョンソク  いまいろんなスタジオが募集を出しているのは、分業化された工程の中でスタッフを養成しているものです。それでいい人はいいですが、いまマンガを描いていて、でも既存の出版マンガに合っていないと感じているとか、編集者から要求されている絵柄に合わないとか、自分がフィットする居場所を見つけられていない作家にウェブトゥーンに挑戦してみてほしいですね。もちろん、「ヨコマンガのコマ割りは難しいからタテでやってみよう」でもかまいません。

 

 そしてその場合、日本では今はやはりLINEマンガインディーズに投稿することが一番じゃないでしょうか。自分に合う場所を見つけるためにはいろんなところに挑戦してみてほしいのですが、日本ではウェブトゥーンを投稿してたくさんの人に見られる可能性があり、レスポンスが得られるプラットフォームが限られています。そうするとまずはLINEマンガかなと。

 

 ウェブトゥーンは投稿して反応をもらってナンボなんですね。日本ではピッコマをはじめウェブトゥーンは「マンガアプリで売れる」というイメージが強いですが、韓国ではもともとトラフィックが多いポータルサイト(日本で言うYahoo!Japanのようなところ)に無数の個人作家が気軽に読める作品を投稿し、それに読者がコメントを付け合うことで盛り上がったジャンルです。韓国では今も新人たちが必死で日々投稿し、読者からフィードバックを得ることの中から次の人気作品・作家が生まれています。

 

 映画で言うなら、最終的にハリウッド大作を作りたいと思っている作家であっても、まずは個人撮影とか小規模なものから始めるでしょう。それで才能が認められたら、次のステップに進める。そうやってひとつひとつ階段を登り、携わるプロジェクトが大きくなっていく。素人がいきなりハリウッドを目指すのは無謀です。ウェブトゥーンも同じで、個人作家なら最初はギャグやラブコメ、学園ものをはじめとする日常的なものをLINEマンガインディーズのような場所に投稿することから始まる。そこで需要があってひとりでも描きやすいジャンル、作家個人が一体感を抱けるキャラクターで勝負すればいい。そうすると魔物が出てきて戦うファンタジーとかではないはずです。

 

 日々、学校や家庭で感じていることをフィクションに托してウェブトゥーンにする、とかでかまいません。どんどん描けばいいんです。「家が窮屈すぎるから爆発してほしい」とか「こんな世の中終わってほしい」とか、何か抱えているものがあるならそのエネルギーを爆発させてもいい。『チェンソーマン』は映画『ジョーカー』といっしょで、そういう衝動が感じられてよかったですね。

 

 ただし、新人はジャンル的に反社会的なものやエロはやらない方がいいと個人的には思っています。連続殺人鬼の話とかエロは、たとえ人気が出てもそれ以上の展開が難しい。若いとつい過激なものに手を出したくなるものですけど、やめた方がいい。

 

――あとから「あの作家は昔こんなものを描いていた」と掘り返されて大きな仕事に支障が出るようなものは避けたほうがいいかもしれないですね。個人作家による作品発表ペースに目安はありますか。

 

イ・ヒョンソク  いきなり延々と続けるよりは、1話完結なり、1話あたり30~40コマで3~4話で完結する話を作ってみるといいと思います。もっとも、1話あたりのコマ数が20コマないものであっても、バンバン出していったほうがいい。当たり前ですが、コマ数が多いほど作画も大変になります。もちろん、ウェブトゥーンはページ数とか台割りという概念がないですから、長く描ける人は描いてもいい。

 

 ただ、先日ある専門学校で学生が描いたホラーのウェブトゥーンを読みましたが「半分捨てていい」と助言しました。「読者は怖い場面が見たいのだから、こんなに前フリを丁寧にする必要はないよ」と。

 

――経験が浅い人ほど、自分が作ったものを捨てる勇気が持てないんですよね。「もったいない」と思ったり、不安であれこれ盛り込んでしまったり。

 

イ・ヒョンソク  省略し、大事なところにフォーカスするという意識が重要です。背景はそんなに力を入れなくていいです。描き込みがたくさんあってもノイズにしかなりません。『氷の城壁』も、背景の描き込みはキャラクターがどこにいるのかわかる程度に留めています。塗りに関しては白黒よりは、簡単でもいいのでカラーにした方が反応はいいです。ただ、塗るところと塗らないところは分けていい。『氷の城壁』は基本的に人物中心に塗っていますね。

 

 連載をするなら、定期的にアップすることを意識しましょう。1週間に1回でも2週に1回でもかまいません。編集者も読者も、スケジュールを守って定期的に更新できる作家・作品なのかを重視します。ちなみに、月末よりは月初の方が読まれます。なぜかというと月末になると中高生は契約しているスマホのデータ量(いわゆる「ギガ」)を使い切って通信制限がかかってまともに見られないことが多いからです。月初は逆に一番読まれて、盛り上がります。これは僕がcomicoで働いていた時代に、読者の中学生と話して発見したことです。

 

 それから、作品に対して読者から付いた「いいね」の数は正直に受け入れた方がいいです。読者から反応がないなら「なぜないのか」を考えて仮説を立て、次に活かすべきです。

 

――編集者/PD(プロデューサー)が付けば作品の良し悪しを考えて教えてくれますが、それまでは「何がよかった/まずかったのか」は自分で考えるしかないですからね。

 

イ・ヒョンソク  そうですね。PDは作家からもらったネームに対して「おもしろい! 以上」となれば一番ハッピーですが、おもしろくないときは理由を分析して、考えて改善案を出すのが仕事です。「ここのコマの大きさを変えた方がいい」とか「コマとコマのあいだの距離を空けた方がいい」「フキダシの置き方を変えると読みやすくなる」とかね。絵に関しても、ネームはよかったのに線画になったらダメとか、色が入ったらピンと来ないとなれば、やはり理由を考えます。

 

――なかなか自分の作品を客観視するのは難しいですが、読者の反応を見て自作を顧みる訓練は積んだ方がいいでしょうね。ウェブトゥーンを描くにあたって、オススメの機材やソフトウェアはありますか。

 

イ・ヒョンソク  ハードウェアに関しては絵を描く用の高性能の大型タブレットでなくても、iPadなど手持ちのもので最初は十分です。ソフトはクリスタにウェブトゥーン用のフォーマットがありますから、それを使って描けばいいですよ。

 

 韓国で作られた流行りのウェブトゥーンを見て「こんなすごい作画できない」とか思わなくていいんです。日本で需要があるもの、マンガで普通に人気あるようなものであなたがやりたいことをウェブトゥーンでも描けばいい。敷居を下げて、ぜひ挑戦してみてください。

前編: 日本のウェブトゥーンには、読者に身近なジャンルを描ける個人作家が今こそ必要だ

中編: 日本のラノベやゲーム原作のウェブトゥーンの「これじゃない感」はどうして生まれるのか?

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李・ヒョンソクさんプロフィール

1999年12月に来日し、2004年に東京都立大学大学院修士課程修了。社会学修士。

漫画原作者としてデビューし、日本では講談社でデビュー。その後、編集者としてスクウェア・エニックス、NHNcomicoなどを経て、2019年に前身となるL7(現レッドセブン)を日本で創業。

制作作品に「俺だけレベルアップな件」「全知的な読者の視点から」「4000年ぶりに帰還した大魔導士」など。

 

 

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