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コミチさんの作品:ウェブトゥーン個人作家は実は一攫千金を狙える!? ミキサー北室氏が語る実態 #漫画家 #編集者 ミキサー北室美由紀:後編

2013年に日本でウェブトゥーンサービスが始まった当初よりcomicoに勤め、現在はマンガやウェブトゥーンの編集プロダクション・ミキサーに所属する北室美由紀氏(作家からは「きたさん」という愛称で呼ばれる)。夜宵草『ReLIFE』やセモトちか『サレタガワのブルー』などのヒット作に携わり、目下連載中の作品として夜宵草『ツギハギミライ』、三永ワヲ『板の上で君と死ねたら』(以上LINEマンガ)、緒之『コータローくんは嘘つき』(マンガMee)などを立ち上げ、担当している北室氏に“個人作家の週刊連載の進め方”や“スタジオ制作作品が台頭してくる中での個人作家のスタンスと可能性”について訊いた。(全3回の3回目:後編)

前編: 『サレタガワのブルー』をヒットさせ、指名で依頼が舞い込む“きたさん”の仕事術

中編: ウェブトゥーン個人作家は新連載企画をどう立ち上げればいいのか? ミキサー北室氏に訊く

 

個人作家の連載ネームはあえて時間をかけずに勢いで仕上げたほうがライブ感が出る

 

――北室さんが担当している作品の、1週間のおおよその作業フローを教えてください。

 

北室  作家さんによって違いますね。ネームを連載前に20話分描き溜めて後々、絵を入れていくだけという方もいますし、1週間に1話ずつネームからフィニッシュまで回しているという方もいます。初めて組む作家さんとは、自分にとって心地よいサイクルを見つけていただくところから、スケジューリングが始まります。

 ただ、ネームに時間はかけないでくださいと言っています。

 

――それはどういう理由で?

 

北室  週刊連載で読ませるものですから、あまりじっくり考えてしまうと読み口がゆったりしてしまうんですね。冒頭数話はもちろん時間はかけますが、ある程度軌道に乗ったら勢いに任せて描いたほうが、テンポよく読める傾向が強くなる。特に個人作家さんの作品はそうだと思っています。もちろん、作家さんの性格にもよるんですけど。ですからネームに関しては「まだー?」としょっちゅう急かしています。笑

 

――絵に関しては何か言っていますか?

 

北室  スタジオ作品と個人作家さんの作品ではスタンスが異なっているのですが、厳密にいえば“ファンタジーとそれ以外”で線引きをしています。たとえば、スタジオ作品に関しては“デッサンの狂い”といった技術的な直しを入れるのですが、特にファンタジーは“絵がきれいだから読む”という側面があるので、それを踏まえての指摘になります。一方、個人作家さんの場合は、“会話の強さで読ませて、決めゴマの絵がきっちりハマればいい”という観点から、絵に関してはあまり口出しをしていません

 

 ただ、ミキサーのスタジオでクリエイティブマネージャーを務めている方は、元々週刊サイクルでフルカラーのウェブトゥーンを描いていた作家さんなので、個人作家さんの絵のデッサンにどうしても修正を入れたい場合は、例外的にやってもらうこともときどきあります。作家さんたちからは“美大の授業みたい”という反応がきます。笑

 

――ミキサーの個人作家さんによるウェブトゥーン作品では、スタッフ(アシスタント)の手配や仕事のアサインは作家さん自身がやっているのでしょうか。

 

北室  たとえば『板の上』は完全におひとりで作業していて、週に100コマくらい描いています。『メディバン』というソフトを使っていて、“絵柄はシンプルで・背景は少なめ”といった、今の主流とはあえて離れた感じで描いていることもあり、アシスタントさんは雇っていないです。

 

 ウェブトゥーン業界は狭いので、連載が終わった作家さんに「アシスタントさん空いた?」と聞いて紹介してもらったり、連載と連載の間に他作品のお手伝いをしている作家さんもいます。身内で細々と…でもわりと回っている印象ですね。

 

 個人作家スタイルのウェブトゥーン作業の外注って本当に難しいんです。下塗りならまだいいのですが、影付けや特効(エフェクト)の作業には技術と経験が必要です。

それに外注するほど作家自身の個性が出にくくなってしまって、魅力度が減っちゃう。私の感覚としては、色塗りは外注に出しても影付けと特効(エフェクト)は、作家さんにやってもらうのがベストかな、と。

個性は個性でしか補完ができないので、単純に人数を増やして分業すればいいとか、専門の企業に発注すればいいか、一概にはいえないです。

 

作画が凄いスタジオ連載作品に対して萎縮する必要はない。“それはそれ、うちはうち”

 

――個人作家が週刊でフルカラー連載をしていくためにミキサーとしてケア、バックアップしているのはどんなところですか。

 

北室  サステナブルであること、持続可能性を一番に考えています。たとえば、連載中の作家さんが腱鞘炎になって「ひとりで描くのがしんどい」と相談されたら、「連載をやめましょう」とこちらから提案しています。

もちろん作家さんは「イヤです」と言います。でも、今治療に専念して今後30年くらい絵を描き続けられることと、今ムリをして長く描けなくなることを天秤にかけたら、私は前者のほうが大事ですよ、と伝えています。

 

――『韓国コンテンツ振興院』が出しているウェブトゥーンに関する報告書を読むと、スタジオ制作作品が増えて読者の絵に対する要求が上がり、個人作家作品にも毎話のコマ数をスタジオ制作並みに増やせという圧を作家が感じているとか、スタジオ制作でも締め切りに追われてクリエイターがバーンアウトすることが多いといった記述があります。北室さんは「コマ数を増やしてください」というお願いを担当作家さんにしたことはありますか。

 

北室  むしろ「減らしましょう」と言っています。笑 もちろん掲載媒体との契約で“1話何コマ以上”という規定はありますので、それは守っていただいてます。

でも私としては、1話50~70コマくらいが心地よく読めるコマ数だと思っているので「もっと描いて」とお願いしたことはないですね。杓子定規に何コマ以上とか以下ではなく、“読んでいて気持ちがいいかどうか”だけを考えています。そこを基準に「ちょっと読み口が物足りないからコマを足しませんか?」といった提案はします。

 

――北室さんがウェブトゥーンの仕事をし始めた10年前と比べて、個人作家の作品制作に関して変えているところはそんなにないのでしょうか。

 

北室  流行りのルックは変わっていますよ。キャラクターの頭身は以前より上げてもらっています。スマホで表示された時、6.5頭身くらいだとキャラが潰れて見えるんです。だから女性は165センチくらい、男性は180オーバーを目安にして、ちょっと大人っぽくしてもらったりはしています。

 

――“個人作家がスタジオ制作作品と戦っていくためには”といった悩みは、北室さんの担当作家さんからは出てこない?

 

北室  思い悩んで言われることはないですね。お互い読者として「絵がすごいね」って感心しながら打ち合わせ中にスタジオ作品を参考にすることはありますが、“それはそれ。うちはうち”。たまに作家さんから「私も異世界ものを描かなきゃダメかなぁ」といわれれますけど。笑 「描きたければ描いて」と返事をしています。

 

繰り返しになりますが、私は“人は好きなもの、やりたいことをやらないとうまくいかない”と思っているので、作家さんが余計なことを感じなくていい、考えなくていいいようにしたいんですよね。“ウェブトゥーンって制約が多くて息苦しい”ではなくて“ウェブトゥーン描くのって楽しいよね”と思われたい。だから“サステナブル”“楽しいこと”“やりたいこと”を大事にしたいんです。

 

 私の担当している作家さんは「私たちが頑張ってファンタジー以外の道を作らないとねと!」いうマインドでやってくださっている方が多いと思います。実際にそう胸を張って言えるくらい、個人作家さんの作品も売れていますから。

 

あまり語られないが、実はウェブトゥーンの個人作家には夢がある

 

――ミキサーで仕事をしているウェブトゥーン作家さんは金銭的に報われていると思っていいですか?

 

北室  弊社は小さな編プロですが、「他の出版社と比べて原稿料が安い」「印税やレベニューシェアの戻り(率)がよくない」思われたら信用問題にもなると考えているので、還元率や原稿料は連載媒体と交渉して、その媒体のオリジナル作品と遜色のない扱い、原稿料、還元率、プロモーションを実現してもらっています。ですから、もちろんヒットすれば金銭的に報われますが、そうでなくても規定の原稿料は出ます。

 

――スタジオ制作と個人制作では黒字になるかどうかのリクープラインも違うし、個々のクリエイターに入ってくる収入も違いますよね。たとえば入ってくるお金が月100万円だったとしたらスタジオ制作では厳しいと思いますが、個人作家さんなら全然いい。そういう視点からすると、個人作家さんでも食べていける稼ぎになっていると思っていいですか?

 

北室  企業の場合は実績として“月商○億円”と打ち出せるのですが、個人作家さんたちはみなさん具体的に“月収○万円”とは言いたがらないんですよね。これくらいは私から言ってもいいかなと思うのですが……“食べていける”どころか“一攫千金を狙うなら、ウェブトゥーンの個人作家はアリ”ですね。

 

 版面マンガでも、紙のコミックスの発刊巻数が多い作家さんは電子書籍の時代になって、いろいろなストアで配信されるようになり潤っていらっしゃるという話をよく聞きます。ウェブトゥーンも、どっと新規参入が増える2020年代以前から長く描いている作家さんたちの作品は、新しいストアができるたびにウェブトゥーンの配信先が増え、各サービスで新しい読者を得て“ずっと売れ続けている”という環境ができつつあります。

 

各ウェブトゥーン・プラットフォームのランキングは、必ずしも課金額順ではなかったりするので、もしかすると個人作家さんの作品はスタジオ制作のランキング上位作と順位を比べられて、「そんなに人気がない」「売れてない」と読者からは見えているかもしれません。でも個人作家さんの連載作品でも、課金してくれる熱心なファンがついていると「ウェブトゥーン作家って夢があるな」と思えるような金額が毎月、発生することもあるんです。

 

 また、ウェブトゥーンとして配信されるだけでなくて、売れた作品は横組みにしてコミックス化される場合もあります。夜宵草さんの『ReLIFE』は紙と電子で累計150万部以上発刊していますし、セモトちかさんの『サレタガワのブルー』のコミックスも電子書籍が特に好調で、連載終了後も動きがあります。版面マンガとウェブトゥーンでは、たしかに“マンガ作り”の文法は違うのですが、おもしろければタテでもヨコでも実は売れる――売れ続けるんです。

 

『サレタガワのブルー』(c)セモトちか/MIXER/集英社

 

ウェブトゥーンの幅を広げたい

 

――北室さんが考えている日本のウェブトゥーン業界の課題は?

 

北室  日本のマンガ文化は、いろいろなジャンルや絵柄の多様性がいいところですから、ウェブトゥーンでも、同じような多様性を生み出したいと切実に思っています。特にメガヒットと呼ばれるような、ギャグやコメディ作品に登場してほしい。

「異世界かドロドロ不倫系じゃないとウェブトゥーンは描けない・売れない」という風潮に、「ウェブトゥーンに興味はあるけど、描きたいものが描けないから断念する」という作家さんも多いんじゃないかと思っているので。すごく悲しいことですが。

 

 “ウェブトゥーン”の読み手も描き手も増やしていきたし、幅も広げたい。ギャグもホラーもミステリーも、どんなジャンルも読めるし描けるという土壌にしていきたい。

そのためには、現状の課金を前提とした連載システムとはまた違う“ウェブトゥーン制作に関わる人すべてがお金を稼げる仕組み”を作らないといけないのかもしれないし、他の画期的な手段が必要になるのかもしれない。

私にできることは限られていますが、「今までなかった切り口の作品だけど、おもしろいからみんなが読んじゃう!」という新星の登場が起こすウェブトゥーン市場の変化は大きいと思うんです。

その波を起こしていけるよう、ウェブトゥーン編集者として力を尽くしていきたいなと考えています。

 

――ウェブトゥーンに興味はあるけど、どうしようか迷っている作家に向けて一言お願いします。

 

北室  個人作家になりたいのか、スタジオのスタッフになりたいのかが、大きな分かれ道です。もし今、悩んでいる方はTwitterのDMでもいいので、ぜひ気軽に相談してください!どちらのメリット・デメリットも把握しているので、フラットなお話ができるんじゃないかなと。

 

『ReLIFE』『ももくり』『先輩は男の子』『氷の城壁』をはじめ、 ファンタジーではない国産のヒット作も、ウェブトゥーンにはたくさんあります。ファンタジー以外の作品を作りたい編集者さんも、もちろんいらっしゃいます。

同人誌即売会などで開催している出張編集部に参加してみたり、SNSで自身のやりたいことを一緒に実現してくれそうな編集者さんを探してみるなど、いろいろな門を叩いてみてください。多様なジャンルが生まれて、読者に受け入れられる土壌を作るには、作家さんの力が絶対に必要です。一緒にウェブトゥーンを盛り上げるため、頑張っていきましょう!

全3編完

 

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北室美由紀さんプロフィール

株式会社ミキサーの編集室室長。2008年にNHN JAPAN(後に分社化してNHN comico)入社し、comico Plus、Web版comico Plusの立ち上げに貢献。

『サレタガワのブルー』『ReLIFE』『ももくり』など担当作の多くをアニメ化、ドラマ化、映画化、舞台化など展開させている。

2019年より株式会社ミキサーに所属し、Webtoon制作を中心に集英社「少女漫画学校」の講師、出版社のWebtoonコンサルなどもマルチにこなす。

 

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2023/6/25 コミチ オリジナル