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シャープさんさんの作品:きゅん

いま何時代だろう、 @SHARP_JP です。我ながら気持ち悪いと思うのだが、しばらく胸キュンのことばかり考えていた。言い訳がましくいえば、仕事のせいである。見目麗しい人が画面越しに小声で語りかける動画を提示し、それを見た人の心が動かされた様子を募ろうとしていた。いわゆる広告企画の一環だ。

 

その企画のタイトルや概要を説明するにあたり、胸キュンというワードを堂々と使うべきか否かをずっと考えていたのだ。なんせ胸キュンである。1983年に流行したポピュラーミュージックのタイトルにあるほどの、手垢のついた言葉である。一説によるとキュンの方はすでに、1964年の少女漫画誌の煽り文に登場していたそうだ。既視感があるどころか、あまりに遠くて古い言葉に思えてくる。

 

とはいえ胸キュンが一時の流行語、それも昭和に流行した死語かと言われると、そういうわけでもない気がする。胸キュンという語を実際に口から発する人にはとんと会わなくなったが、胸キュンと書かれた文字ならいまだしばしば目にするだろう。そうやって考えるうちに、胸キュンという言葉が古いのではないかと心配すること自体が、胸キュンという言葉が指す事象に縁遠くなった、己の加齢のせいではないか、と思い悩みそうにもなる。

 

たしかに胸キュンは昔の流行語と片づけるには、今もあまりに健在な言葉だ。ついこの前までみんな、きゅんですきゅんですと言いながら親指と人差し指を交差させていたし、数年前にはムズキュンと呟きつつたくさんの人が身悶えしてドラマを観ていた記憶がある。廃れて消える言葉ではなく、その感情や事象を言い表すちょうどよい言葉として、胸キュンは繰り返し注目されながら、浮き沈みを続けてきた、少しめずらしい俗語なのだろう。

 

それゆえいつの浮上を思いうかべるかによって、胸キュンが古い言葉に感じるか、それほどでもないか、あるいは現在進行形のワードとして受け取るか、それぞれの人が立つ時間軸で受け取る印象が玉虫色に変わる、古くて新しい言葉なのだ。そう考えていくと胸キュンは、おいそれと使うのが難しい言葉として、私は逡巡を繰り返してしまう。

 

結局私が何を選択したかというと、胸キュンではなくキュン死である。それが正解だったのかはよくわからない。正直なところ、人の見目麗しさを前にすれば、言葉など「どっちでもええわ」と思う自分がいる。

 

君にキュンする1ページ(genZou_re 著)

 

つまりは心がキュンとする行為はいつの時代にも普遍なのだ。キュンに古いも新しいもない。このマンガを読めば、そこで起こる事象はキュンとしか表象しえないものだということがよくわかるだろう。そしてそういうキュンは、だれもが身に覚えがあるはずである。

 

翻れば、胸キュンという言葉を選択することに付随するためらいは、自身のキュンが喚起されるからかもしれない。かつてのキュンを。現在のキュンを。胸キュンという言葉で、自身の昔のキュンを掘り起こされてしまう私のような者は、そこに気恥ずかしさと懐かしさを感じてしまうのだろう。キュンは遠くなりにけり、である。

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2024/3/28 コミチ オリジナル
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