

2013年に日本でウェブトゥーンサービスが始まった当初よりcomicoに勤め、現在はマンガやウェブトゥーンの編集プロダクション・ミキサーに所属する北室美由紀氏(作家からは「きたさん」という愛称で呼ばれる)。夜宵草『ReLIFE』やセモトちか『サレタガワのブルー』などのヒット作に携わり、目下連載中の作品として夜宵草『ツギハギミライ』、三永ワヲ『板の上で君と死ねたら』(以上LINEマンガ)、緒之『コータローくんは嘘つき』(マンガMee)などを立ち上げ、担当している北室氏に“個人作家との新連載企画の立ち上げ方”について訊いた。(全3回の2回目:中編)
前編: 『サレタガワのブルー』をヒットさせ、指名で依頼が舞い込む“きたさん”の仕事術
後編: ウェブトゥーン個人作家は実は一攫千金を狙える!? ミキサー北室氏が語る実態
作家の内面を掘り下げて企画を作り、そのあとで合う媒体を探していく
――企画の立ち上げ時に、北室さんは作家さんとどんなやりとりをして、かたちにしていきますか。
北室 初めて組む個人作家さんは、“どんな作家さんになりたいか”をまず明確化します。“描きたいものを描きたい”のか“売れたい”のか“有名になりたい”のか“紙の単行本を出したい“のか”作品をアニメ化・実写化したい”のか――そういった、思い描いているゴールの夢物語を引き出すところから始めますね。
作家さんは好きなことを描いた方が売れると思っているので、そのあとは話しながら「どんなジャンルがお好き?」というところへ発展させ、パーソナルな部分を聞きまくります。「運動、何やってましたか?」とか「ご家族との仲はどうですか?」とか。
もちろん、本人が話せる範囲に留めて無理に聞き出すことはしませんが、可能な限り突っ込んで掘り下げます。そういった話の中から「こういう話が向いていそうですね」とか「こういうジャンルはどうでしょうか?」と提案していく。
パーソナルを掘り下げると言っても、浮気された経験のある人が浮気をされた経験を描くのはしんどいので、“作家さんの活かすべきパーソナルな部分と、“実際、作家さん本人が描ける部分”の境界線を客観的に見極めていくようにしています。“丸太から仏像を掘り出すようなイメージ”で、ジャンルや企画を浮かび上がらせていく作業に時間を割くようにしています。
――最近だとウェブトゥーンを配信するストア、プラットフォームも増えてきましたが、作品の制作時に想定する読者はやはり最初に連載する媒体の読者?
北室 そうですね。最初に配信する媒体で売れないと、他の媒体でも配信されないですから。だからこそ「この作品はどこに持っていけばいいのか?」を考えます。
代表的なcomico、ピッコマ、LINEマンガをみても、各社で少しずつ利用している客層が違いますよね。考える順番としては“LINEマンガに向けて企画を立てよう”ではなくて“作家さんとどういう企画を作ろうか”です。ある程度、作品の内容が見えてきた段階で、適切だと思う媒体への軽い相談から始めて、チューニングしていきます。

『ツギハギミライ』©Yayoiso/LINE Digital Frontier
作家さんがやりたい“好きなもの”と編集者として見える“得意なもの”をすり合わせる
――『サレタガワのブルー』『板の上で君と死ねたら』『ツギハギミライ』『コータロー君は嘘つき』――それぞれの作品の立ち上げがどんな風だったのか教えていただけますか。
北室 『サレブル』はセモトさん から「きたさん、次回作どういうのが売れると思う?」と聞かれたんです。それで当時はいじめや不倫ものがウェブトゥーンではそんなになかったので「不倫・いじめ・復讐じゃない?」と答えました。
セモトさんがドラマの『昼顔』が好きだったこともあり、めちゃくちゃそのジャンルについて調べて、「不倫ものでまだ“描かれていない題材”ってなんだろう?」「“サレ夫”じゃん!?」と、こちらが投げた球に対して120%の返球があったという流れです。笑
ただ当時、男性が主人公の作品が女性向けウェブトゥーンではなかったので、連載媒体であるマンガMeeの編集部からは当初「女性主人公にしたらどうですか」という意見もありました。でも、そこを変えたら企画の根本が揺らいでしまうので、話し合いを重ねた結果、Meeの皆さんにも賛成いただいて実現したのが『サレブル』という作品です。
『板の上で君と死ねたら』は、ワヲさんのこれまでの人生を掘り下げて聞いていく中で、“以前、描いてみたけれども心残りだった題材”があるとわかったので、「それをもう一回やってみませんか」と私から提案しました。
その上で頭の回転が早く、ご自身の考えを言語化するのが上手い、かつ人に教えるのも得意であるワヲさんの長所を活かして、“一般的に当たり前で見失いがち、でもみんな思っていること”をあえてセリフとして描いてほしい、とお願いしました。
そういう作品を描くのはワヲさんとしては気恥ずかしいところもあると思うので、「もっとこういうものを!」と私から具体的には言わないようにしている。でも、こちらが魅力的だと思っている部分を出してもらえるように、ご本人とやりとりしながら進めています。
絵柄や塗りはあえて流行りとは一線を画して、ワヲさんの個性が際立つ作風にしていますが、読んでいただけたらよさがわかります。とにかくたくさんの人に読んでほしいし、「ドラマ化希望!」と声を大にしていいたい作品です。
『ツギハギミライ』は、作中に出てくる“機械細胞”というアイデア自体10年前から夜宵草さんの中にあったんです。
ただ当時は、題材として取り上げるには時代的に少し早いかなと感じ、今までとっておいたそうです。 夜宵草さんは『ReLIFE』の時から、人間関係のフレッシュさが魅力だと思っていたので、そこを活かせるように「新入社員にしてみましょうか?」と提案したり。
夜宵草さんが描きたい題材と、得意分野をどう攻めていくかをとにかく考えました。実は、夜宵草さんの過去作品のファンも楽しんでいただけるような仕掛けや小ネタも詰まっています。
『コータロー君』は、緒之さんがドラマ『あなたの番です』のようなミステリーが好きな方なんですね。
恋愛の描写も上手なので「緒之さんの描く恋愛ドロドロ系が読みたいです」とオーダーしました。あがってきた企画『恋愛ドロドロもの』と『コータロー君』で、後者のほうが断然、おもしろかったんです。
それで「ドロドロは気乗りしてないでしょ?」と振ったら「気乗りしてません」と返ってきたので、『コータロー君』でいくことになりました。こちらが当初やってほしいと思ったものと方向性は違うけれど、明らかに筆がのっている好きなものを商業の企画として昇華させるようシフトしました。
編プロだから「この媒体ではこのジャンルじゃないとダメ」という制約なく選択できる
――編集者にもいろいろなタイプがいて、自分で企画を立ててそれにフィットする作家を探す人もいますし、“いま売れている作品・ジャンル”に寄せていくタイプもいますが、北室さんは“作家本位”かつ“パーソナルなところを掘り下げる”かたちで企画を探っていくんですね。加えて、第三者として読んだとき、その作家さんの魅力である部分も活かせるかたちを模索していく。北室さんの担当作品には“売れてるアレみたいなやつ”というタイプのものがあまりなく、どれも個性的な企画で、作家が伝えたいことが詰まっていますが、その背景がわかりました。
北室 今、ミキサーとしてスタジオ形式で取り組んでいる作品は、売れ筋から逆算するような考え方で作っているものもありますが、個人作家さんと組む意味は、パーソナルな部分がおもしろいと思うからなんですよね。だから、個人作家さんと作ることもやめられない。
以前弊社スタッフから聞いた話ですが “100人に1人”くらいしか持っていない才能、味わったことのない経験を3つ掛け合わせればオリンピック選手級に珍しいものになる、と。作家さんと打ち合わせを重ねながら、そういう掛け合わせを常に模索しています。
その上で作家さんが描きたいものと、こちらが描いてほしいものをすりあわせていく。そこが一番難しくて、一番大事なことかなと思っています。

『コータロー君は嘘つき』(c)緒之/MIXER/集英社
――マンガ雑誌やマンガアプリ所属の編集者、あるいは特定のスタジオのプロデューサーだと、作家本意で企画を立てたくても、なかなかそうはいかないですよね。各々の媒体なり会社なりが想定している読者層に向けて、必ずしも自分が声をかけた作家ではなく引き継ぎや割り振られた作家と、決まった範囲のジャンルの作品を作ることが求められることもよくあります。北室さんは、作家は自分と合う人を極力選び、その作家がやりたいことを掘り下げ、そのあとで企画に合う媒体を探している。
北室 私の仕事のスタンスは“一緒にやりたい人と、やりたいことを”だと、最初にお話しましたが、逆に「違うな」「合わないな」と感じた場合には、お互いのためにすぐに離れるようにもしています。そんな感じなので、私って組織にあまり向いていない性格 笑
でも弊社は、各々の編集者がやりたいことやスタンスを尊重してくれるスタイルなので、ミキサーに入社しました。同じくミキサー所属の編集長・豊田夢太郎もいつもやりたい企画で溢れています 笑。
私も以前は媒体所属の編集者でしたが、性格的に編集者も作家さんも、何十年か働くにしても立てる打席の数は限られているわけですから、噛み合わない関係ならすぐに解消して、それぞれ次に向けて歩き出したほうがいい。それは作家さんにも常に伝えています。
作家さんのほうが編集者以上に、一生に何本連載が持てるかわからないわけですから。「連載してみてダメだったらすぐ終わらせます。一回はテコ入れするかもしれないけど、それでも読者に受け入れてもらえなかったら、次に目を向ける努力をしてください」と。
せっかく本気で取り組むわけですから、大事な作品が読まれない・売れないとことは、作家さんにとっても幸せとは言えないと思うんです。もちろん結果が奮わないときは本当につらいのですが、それでもウケなかったとわかった時点で早めに切り上げ、反省を活かして次は読者へ届く作品を作ろう、というスタンスでマンガ作りに臨んでいます。
――創作は反響があるものばかりではなく、当たらない作品のほうが多いですが、反応が芳しくなかったときに北室さんはどのようにしていますか。
北室 作家さんのメンタルの状況にもよりますね。とことん反省会をする場合もあるし、「そっとしておいて…」という感じのときには触れません。作家さんの性格に合わせてではありますが、まずはとにかく話をします。
――北室さん個人としては?
北室 ひとり反省会はずっとしています。売れなかったのは編集の責任ですから、「この作家さんに次に描いてもらうなら、このジャンルじゃないほうがいいのかも」とか「タイトルがよくなかったのかも」とか。
やはりタイトルとサムネイルと1話目で、ほぼほぼいけるかどうかが決まるので、1話を何度も読み返しながら「どうすれば読者に受け入れられたのだろう」と自問自答します。反省と分析を繰り返して、次に活かしていく感じですね。(後編に続く)
後編: ウェブトゥーン個人作家は実は一攫千金を狙える!? ミキサー北室氏が語る実態
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北室美由紀さんプロフィール
株式会社ミキサーの編集室室長。2008年にNHN JAPAN(後に分社化してNHN comico)入社し、comico Plus、Web版comico Plusの立ち上げに貢献。
『サレタガワのブルー』『ReLIFE』『ももくり』など担当作の多くをアニメ化、ドラマ化、映画化、舞台化など展開させている。
2019年より株式会社ミキサーに所属し、Webtoon制作を中心に集英社「少女漫画学校」の講師、出版社のWebtoonコンサルなどもマルチにこなす。

