ウェブトゥーンインサイト日本版を運営する株式会社フームは、作家のイ・ドギョン氏とともにARC STUDIO JAPANとしてシナリオ分析とコンテ(ネーム)制作に特化した事業も手がけている。フーム代表の福井美行氏とARC STUDIO代表イ・ドギョン氏に、キャラクターづくりや韓国ウェブトゥーンと日本マンガの違いを中心に、ウェブトゥーン制作の秘訣について訊いた。(前中後編の中編)
■「原作を忠実にウェブトゥーン化」という発想では通用しない
――そもそもウェブトゥーン化するにあたって原作の良し悪し、向き不向きを判断するポイントにはどんなものがありますか?
イ・ドギョン どんな原作であれ、そのままウェブトゥーンにすることはできません。必ず新しく脚色する要素が出てきます。その新しく脚色する部分が面白く思い浮かぶ作品が良い原作です。
――日本では「原作厨」と呼ばれる原作原理主義者が少なくなく、マンガ化や映像化の際に「原作そのまま」であることを過度に求め、改変すると憤慨する人がいますが、対照的にイ・ドギョンさんが「そのまま」を目指すのではなく「脚色したらより面白くなる」かどうかで原作を判断しているのは興味深いですね。ARC STUDIOでしている「原作分析」とは、具体的にはどんなことをするのでしょうか。
イ・ドギョン 設定を改めて整理します。ウェブトゥーンはビジュアルが重要な媒体ですから、キャラクターのクオリティが鍵を握ります。ほかにも、原作を読んでストーリーや重要な出来事、世界観などすべてを分析します。そして、ウェブトゥーンに合わせてどの部分を修正・省略・強化できるかを検討するための下作業をしていきます。原作分析は分解をし、コンテで脚色する段階で再組み立てをします。
たとえば原作がウェブ小説の場合、小説としてはおもしろくてもウェブトゥーンにするとおもしろくない部分は省き、内容をアレンジします。たとえば、会話が続くシーンは小説としては緊張感がありますが、ウェブトゥーンでは読者が飽きます。あるいは、ひたすら戦闘シーンが続くと話が進まない。そういうところをアレンジしていきます。
――何がウェブトゥーン向きかを整理して、変更を加えていくわけですね。
イ・ドギョン アクションシーンの作画は大変です。私は以前、6話ぶっ通して戦闘するコンテを描いてしまったことがあり、作画家さんが疲弊してしまいました。ですからシナリオやコンテの担当者は制作体制、ほかのスタッフへの配慮も必要です。小説であれば文章で「クルマが100万台が集まっている」と簡単に書けますが、絵にすると大変なことになりますから。
イ・ドギョン氏
――シナリオ作業が終わり、ウェブトゥーンのコンテを制作する段階では、どんなことを意識したり、工夫したりしますか。
イ・ドギョン ふたつあります。第一に、どのように内容を整理して配置するのか?
第二に、どんな感情を強調するために、この物語、そしてこの話数でどのような演出をするのか? です。たとえば私が関わった作品では、『月光彫刻師』はキャラクターの心理描写を重視し、『テイミングマスター』は召喚獣が戦うアクションを魅せるにはどうしたらいいかを考えていきました。作品ごとに「何を大事にするのか」を決めるということです。
■「憧れ」と「共感」を意識してキャラづくりをする
――キャラクターが重要だとのことですが、キャラ作りのポイントは?
イ・ドギョン ふたつあります。ひとつは「憧れ」、もうひとつは「共感」を意識することです。キャラクターを通じて読者がどれくらい代理満足できるのか、魅力的に見えるのか、マネしたいと感じるかですね。
ウェブトゥーンの原作として見た場合、韓国のウェブ小説は主人公の性格がフラットなことが多い一方、日本のなろう系やライトノベルでは、個人の幸せやスローライフを追及するキャラが多い印象があります。これはそれぞれの社会の文化的な違いに由来するものでしょう。
韓国や中国では、男性向けのウェブトゥーン作品の読者は強い男性主人公を魅力的に感じ、野望を持ったキャラクターやサイコパス的な主人公を好みます。ですから韓国ウェブ小説をウェブトゥーンに脚色する場合、主人公の性格を強めにアレンジすることになります。
対して日本のウェブ小説やライトノベルが原作の場合、強化するというより、サブカルチャー的な部分を少し削るように整理しなければいけない面が強いですね。たとえば最近の韓国では男性向け作品では恋愛がうけませんから、ラブコメ的な要素を減らす。ただし同じ作品が韓国では人気で日本ではそうでもない、またその逆もよくありますから、どの国をメインの市場と見据えるかでキャラづくりも変わってきます。
女性向けでは恋愛ものは人気ですし、恋愛ものやBLで好まれるキャラクター造形に関して、私が見る限りでは韓国でも中国でも日本でも男性向けほど好みの差があるとは感じません。
――日本で「ウェブトゥーンではこういうキャラクターが人気だ」と語られるときには、それが韓国人と日本人の好みの違いに由来するものなのか、ウェブトゥーンとヨコマンガの形式・メディアの違いから来るものなのかがあまり区別されていない気がします。イ・ドギョンさんはどうお考えですか。
イ・ドギョン それはなかなか切り分けられないところだと思います。ヨコマンガとタテマンガの表現の違い、閲覧するデバイスの違い、国の違い、同じ国の中でも地域や民族によっても傾向が違いますが、それらが折り重なっていますから。
ただ、そういった差異を超えて、同じ人間として抱く共通の感情もあります。もしどの国でも受け入れられる作品を作りたいのであれば、そこにフォーカスした方がいいかもしれません。日本のマンガには世界的なヒット作がありますが、それらの作品は人類共通の感情に訴えかけているのだと思います。
実は韓国のアクションもののウェブトゥーンは『BLEACH』の演出に影響を受けている部分があるのですが、たとえば『BLEACH』や『NARUTO』はウェブトゥーンに適した演出、脚色を加えればウェブトゥーンでも成功すると思います。
――日本ではロマンスファンタジーをはじめ「ウェブトゥーン向きのジャンルがある」と思われていますが、そうではなく、素材やジャンルの問題というより演出、見せ方の問題ということですか。
イ・ドギョン そうですね。日本のマンガが元々持っている要素、日本独特なユニークな素材のウェブトゥーン化には可能性があります。もちろん、日本のマンガにはそもそもマニアックな層に向けた作品もあり、そういうものをウェブトゥーンにしても世界的にヒットするとはなかなか言えませんが、幅広い層に個性や魅力を伝えられる作品もありますよね。
そういったものであれば、ウェブトゥーンにふさわしいかたちにリメイクすれば人気は出るはずです。「ウェブトゥーンアニメ、2Dアニメを作る」ような感覚と言えばいいでしょうか。実際、ウェブトゥーン制作はアニメ制作とかなり似ていて、アニメから業態転換した会社もあります。
たとえばアクションシーンでは、いきなりアクションを見せるのではなく、予備的な動作として小さなコマをいくつか見せたあとで、大きいコマを縦スクロールに対して垂直のヨコ向きの長い絵にして表現する、といった演出がウェブトゥーンでは必要です。単にヨコマンガを切り貼りしてタテにしてもウェブトゥーンとしてふさわしいかたちにはなりません。
『テイミングマスター』©아냐기나무 ,pallet,박태석/Toyou'sDream
――たとえば『NARUTO』や『ドラゴンボール』がウェブトゥーンになったら大きな反響があると思いますか。
イ・ドギョン あると思います。ただし、発表当時とは時代が違いますから、今のウェブトゥーン読者の市場に合わせて設定や演出を変更するべきでしょうね。『ドラゴンボール』は続篇の『ドラゴンボール超』が今の子どもたちに人気があるように、ウェブトゥーン版を作るとしたら「新しいドラゴンボール」としてアプローチしなければいけません。ただし、「ドラゴンボールらしさ」を失ってもいけない。
韓国では以前『ドラゴンボール』のオンラインゲームが制作されましたが、プレイしたとき「これは自分が好きな『ドラゴンボール』ではない……」と私を含め多くのユーザーに思われて失敗しました。どこを変えてよく、どこを変えてはいけないのか、何を強化し、何を削るべきかという原作分析が不十分だったためです。
――イ・ドギョンさんが感じている日本のマンガの良さとは、どんなものですか。
イ・ドギョン 多彩な素材とストーリー、そして特有の感性です。日本マンガの多様性はものすごいものがあります。これは韓国のウェブトゥーンが簡単には追いつけない、魅力的な部分です。韓国の方が素材やストーリーが読者に受け入れられる幅はかなり狭いのです。人気のあるプラットフォームが限られており、特定のプラットフォームで読者が好む要素がそれほど広くはないからです。
それから、日本のマンガは見た瞬間に日本のマンガだとわかる特有の感性があります。これも非常に重要な長所です。こうした多彩さと独特の感性をウェブトゥーンでも活かしてほしいですね。
――イ・ドギョンさんが日本のクリエイターに期待していることは何ですか。
イ・ドギョン ウェブトゥーンは韓国のマンガ界から出てきましたが、韓国マンガは日本マンガから大きな影響を受けています。柔道と柔術の関係、空手とテコンドーの関係と似ていると思います。長い間マンガを制作してきた日本のクリエイターの潜在能力は十分に高いです。あとはウェブトゥーンにどれだけ慣れるか、そしてその際には単純に韓国式に追従するのではなく、日本特有の感性とノウハウを盛り込めるかが課題です。
中国ウェブトゥーンの場合、すでに作画のクオリティや制作量では韓国ウェブトゥーンを超えている部分もあります。しかし、内容的に中華圏以外では受け入れがたい要素が多く、他の国・地域で人気を集めるのが難しいと思われる面がまだあります。
しかし、日本マンガにはすでに海外でも人気を集めた経験があり、ノウハウがある。それを参照してウェブトゥーンを作れるようになれば、全世界で通用するウェブトゥーン大作が出てくるだろうと思っています。(後編に続く)
後編: クリエイターがウェブトゥーンをヒットさせるために必要なこと #小説家 #漫画家
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李度京(イ・ドギョン) さん プロフィール
2007~2014年 ㈱D&Cメディア ラノベ ブランド「SEEDノベル」 編集長
2015年~ (株)インタイム ラノベブランド「ARCノベル」及びWebtoon部門統括PD.
2020年~ ARC STUDIOを設立 同代表
【小説】
2002年 武俠ファンタジー 小説 『蒼天太武傳』出版
2003年 ファンタジー 小説『(魔劍)』 出版
2005年 武俠ファンタジー 小説『氷玉劍后』 出版
2006年 ファンタジー 小説 『聖劍』 出版
2009年 ファンタジー 小説 『マグナ・カルタⅡ–夢見る者達のレクイエム』 出版
2012年 ファンタジー 小説 『<Dungeon & Fighter>-アラドの鬼剣士』出版
【脚本】
2015年 Webtoon 『月光彫刻師』ネーム
2015年 Webtoon 『月光彫刻師 デフォルメ』ネーム
2018年 Webtoon 『俺だけログイン デフォルメ』ネーム
2018年 Webtoon 『魔弾の射手 デフォルメ』 ネーム
2018年 Webtoon 『本食いの魔法使い デフォルメ』 ネーム
2019年 Webtoon 『君臨天下 デフォルメ』 ネーム
【プロデュース】
COMIC 「僕と虎様」
COMIC 「EFSエクス・マキナ」
COMIC 「僕と彼女と彼女と彼女の健全ならざる関係」
Webtoon 「月光彫刻師」
Webtoon 「月光彫刻師 デフォルメ」
Webtoon 「神のゲームの神」
福井 美行(ふくい・よしゆき)さん プロフィール
株式会社フーム 代表取締役 兼 WebtoonInsightJapan.編集長
東京理科大学卒
1984年 中央宣興入社、1990年 I&S(現I&SBBDO)入社
東京ゲームショウ、CESAデベロッパーズカンファレンス立ち上げ等を行う。
2000年FOOM 設立
2008年韓国法人FOOM KOREA設立 韓国任天堂、月刊ヒーローズ韓国編集室等の業務を行う。
2015年 Webtoon Insight Japan開始。
2022年 Webtoonコンサル及び原作分析等を行うARC STUDIO JAPANを韓国ストーリー作家のイドギョン氏と共同で開始。
2022年 公益財団法人日本吟剣詩舞振興会 理事