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シャープさんさんの作品:隠れるヒーロー

人知れずなにかする人を敬愛します、@SHARP_JPです。むかしからずっと気になっていることがある。ヒーローのことだ。ヒーローはなんで、身元を隠すのか。変身しなければ力を発揮できないヒーローは仕方ないにしても、そうでないヒーローは顔も装いも変えずに活躍できるのに、なぜわざわざ着替えるのか。


スパイダーマンとかスーパーマンとかを見るたびにそう思っていた。人を救ったり、悪を排除したり、世界にとって素晴らしくいいことをするのに、どうしてその賞賛を顔出しで受けないのだろうと。だからアイアンマンは、オレがオレのままに世界を救うから、その物語をすんなりと受け入れることができたのかもしれない。アイアンマン、大好き。


だれだって褒められたいし、もし自分が世間の評判を得るようなことを成し遂げたら、その賞賛は一身に浴びたいと思うことだろう。せっかくいいことをしたのに、自分でない自分、たとえば変装した時の覆面やエンブレムに賛辞の声が寄せられると、どこか物足りない気持ちになるのではないか。なんならその賞賛が褒賞をもたらすこともあるかもしれない。そんなことになれば、報酬の受取先がない匿名の善行なんて、損でしかないだろう。私はそう考えていたのだ。


だが私は企業アカウントの仕事をするようになって、その考えを改めることになる。ご承知のとおり企業の公式アカウントとは、会社の看板を掲げながら、運営者自身の言葉でツイートがなされる。そして自分の言葉で製品の宣伝をしたり、お客さんと交流するのが目的だ。少なくとも私はそう考えている。


しかしながら、アイコンは人の顔ではないし、社員の名が明示されることもない。とりわけ私の場合、ツイッターでは等身大の言葉遣いを心がけるせいもあって、ツイートにならぶテキストの主語は「私」でありながら、読む人には主格が「社名」として映る、ふしぎな様相を呈する。


このふしぎな様相は、ツイートする側から見ると「半分変装した状態」と言えないだろうか。つまり私はふだんツイートをしている時、半分変身しているのだ。顔は半分名刺に覆われ、衣装にはデカデカと社のロゴが配されている。楽天カードマンをイメージしてもらえると近いかもしれない。


もちろん私には常人を超えた能力なんてない。私の仕事が世界を救うこともない。私がヒーローになることなんて、万が一にもないのだ。しかし個別のお客さんを楽しませたり、役に立つことはできる。かろうじてできると信じている。そしてその時に「半分変身した状態」が存外に力を発揮することを、私は身をもって知っている。


なぜなら、いいことをするのに気恥ずかしさがなくなるのだ。困りごとを抱えたお客さんへ、半分隠れた自分なら躊躇なく声をかけることができる。半分変身すると、面倒な自意識も半分消える。いいことをする前に感じるあのためらいは、変身することでやすやすと乗り越えられるのだ。


もしかしたらあのヒーローたちも「こんな私なんて」というやっかいな自我を振り切るために変身していたのかもしれない。そこそこ長く仕事を続けた私は、ヒーローのことをそう見るようになった。



セイギのイヌコさん(みりこ 著)


だからイヌコさんがつけるまぬけな犬の仮面も、案外バカにできないのではないか。


女子高生が犬の仮面をつけてご近所を平和にしていくマンガ。飄々とした彼女は只者ではない雰囲気をまとい、そして実際に只者ではないのだが、そんな彼女でもアクションを起こすには、自分を隠す必要があったのかもしれない。


彼女は犬の仮面で自分を半分隠しながら、次々と身の回りの人を幸せにしていく。揺るぎない信念をもったイヌコさんは、仮面のおかげで躊躇なく善行を積んでいくのだが、お話のラストは清々しい地点にまで到達する。だからぜひ最後まで読んでほしい。その清々しい地点を経験した私は、そこでまだイヌコさんは仮面を付けているのだろうかと、そればかり考えている。私たちはいま、仮面を付けたヒーローも、仮面を脱いだヒーローも、切実に欲しているはずだから。

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2021/6/10 コミチ オリジナル
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