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末次 由紀(すえつぐゆき)さんの作品:「意識」の話

みんな大好き「浦沢直樹の漫勉Neo」の柏木ハルコ先生の回を見ていました。 


 インタビュアーである浦沢先生がそもそも大大大漫画家であるので、インタビューされる各先生がとても正直に抱えてる思いを開示してくれるのが魅力の番組なのですが、柏木ハルコ先生の回で息が止まるほどの巨大テーマが語られ始めました。


「自分の絵に自信が持てなくなった」 
「自分の絵が古い、衰えていると愕然とした。部数がどんどん落ちていく」 
「どんどん新しいことをしていかないと消えていく」 
「おそらく昔から描いていた絵柄でいたら枯れていく」 
「このまま廃れれる未来しかない」


売れっ子作家の口から語られる、他の誰も言うことのできない繊細で大きな問題に、頑丈で痛めたことのない胃が苦しくなる思いがしました。 


 「絵柄が古くなってしまう」・・・これは、同じ連載を続けているから向き合わないでよくて来ただけで、連載が変わるたびにきっと直面しただろう問題だったからです。


 最近このお話とリンクするように、感じたことがありました。


 とってもかわいい現在進行形で活躍する若いタレントさんの写真を見て、「今の可愛さって、こうなんだ!」とハッとしたからです。


 例えば20年前の浜崎あゆみさんの可愛さ、40年前の松田聖子さんの可愛さ、いろんな年代ごとに違う魅力があります。 


 そのどのあたりを自分は脳内に記憶して「かわいい」と思っているのか。その世代ごとに違う「かわいい」の基準のアップデートができているのか。それは「見せ方のアップデート」でもあるのです。


 試しに書いてみました。




違う。違っていく。新しい「見せ方」に世界は移行しているのに、自分の基準が移行していないとするなら、それは「古い」となって行きます。 


 変わらない良さを取れば、同年代のファンには変わらず受け入れてもらえるでしょう。でも新しい読者には「自分たちのための漫画じゃない」と手に取ってもらえません。


 変わらないことを選んだ漫画家さんと、変わっていくことを選んだ漫画家さんでいつの時代も別れてきて、どちらが寿命が長いとは言えません。


 でも「枯れた手練になっていくんだよね」と言った浦沢先生の言葉が、ものすごく刺さりました。


 手練とは「腕前が優れていること」。そこを目指して技術を磨いて来たのに、上手くなったって枯れることがある。「枯れた魅力」を見せていくことは素晴らしい表現だと思いますが、怖いのは自分が「枯れたつもりがないのに」という場合です。


「手だれの枯れた絵になる前に、新しい絵に変えていく、チャレンジャーになっていかないといけない」(浦沢直樹先生)


今人気の俳優さんやタレントさんは、ちょっと前と全然印象が違います。(例えば基本的に自分は誰を「可愛い」「かっこいい」と思ってきたか、というのを思い浮かべるといいと思います。私は奥菜恵さんと柏原崇さん。25年くらい前から・・・。) 


 新しい人を好きになること、映画やドラマをしっかり見ること、アーティストへのアンテナを張ること、それらを努力しないとキープできないことが悲しいですが、それこそが長く活動するのに必要な努力なのだと思います。


 もちろん自分のカラーや個性を守り抜くのもとても素晴らしいこと。 


 でも「惰性で描いているな」「手癖で書いているな」という崖が見える前に、意識のアップデートをしなければ・・・と強く思いました。 


 なにより、自分よりキャリアの長い先生の危機感に「あの先生だってあがいてる」と勇気をもらえたのだから、あがき続けることには大きな意味がある。 


 ずっと漫画を描いていきたいのです。

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